アメリカ横断皆既日食・帰国編

Keietsu Sayama
(16)ジェシー宅で最後の朝食

2時間しか寝ていないのは結局寝不足で、頂いた食事が更に眠気を誘いました。朝になり、荷物をまとめられる部屋の明るさになったので、機内手荷物で棄てられそうな飲み物はトランクに入れました。

お土産の量が多かったのですが、全て渡したので帰りの荷物が軽くなります。ジェシー宅で最後の食事も外でしました。セイラムの朝は寒い秋のようです。観測していた昨日と違いジャンパーはトランクにしまったのでTシャツに半袖短パンのスタイルは異様に映ったようで、二度ほど寒くないの?と聞かれました。
朝食の準備・・・食材を焼くのはジェシーさん
朝食の準備・・・食材を焼くのはジェシーさん
これから慣れない右側通行で帰るのでかえって汗をかいてしまいますよ…と答えました。ハードな3日間もこれでおしまいです。何だか昔からジェシー宅で過ごしているような不思議な感覚になりました。でもジェシーさんがいなかったら今回は思い切って渡米しなかったことを通訳を介して伝えたら、今度は日食ぢゃなくてもいつでも遊びにおいで!とのことでした。本当に有り難く過ごさせていただきました。

次にアメリカで見られる皆既日食は2024年4月8日にメキシコからテキサス州を経て東海岸を斜めに横断する皆既帯です。メキシコで観測してからジェシー宅に寄ろうかな…と言うプランが考えられました。
ボリュームのある朝食
ボリュームのある朝食
(17)切羽詰まったトイレ地獄

車でのお別れはあっと言う間です。レンタカーに乗り込み手を振って別れを告げたら怒濤の日々も終わりました。車はレンタカーの返却地ポートランド空港に向かいます。米国の運転も要領が分かったので、落ち着いて運転できましたが、ポートランドに着いてから道が複雑で迷いました。高速道路は単調な道のりなので眠気が増してやたらとトイレが近くなります。必死に我慢を重ねてやっとレンタカー会社に着きました。手続きを簡単に済ませて車のトランクに大きな荷物を残し、二人とも急いでカウンター脇のトイレへ…
急いでポートランドへ
急いでポートランドへ
数分後安堵の表情を浮かべた二人は荷物を取りにレンタカーに戻ります。完全に引き渡すや否や、乗ってきた車を待っていた予約客にすぐ引き渡されます。あまりの効率の良いスピードに唖然としながらレンタカーの送迎車に乗ってポートランド空港に戻ります。

送迎車のドライバーさんは高齢者が多いのですが、運転は達者です。送迎車のマイクロバスは、ものの10分もしないうちにポートランド空港に到着しました。 バスプールから空港入口まではすぐ目の前です。デルタ航空に乗るので、搭乗口に近い場所で降ろしてもらいました。
アラモレンタカー引き渡し出口
アラモレンタカー引き渡し出口
旅慣れた相方に教えてもらいながらデルタ航空のチェックインを済ませます。パスポートをチェックイン機に挟んで個人情報を入力すると搭乗券が出てきました。チェックインカウンターには日本人と米国の方々が約半数ほどいます。日本人のほとんどは皆既日食ツアー客でしょう。相方を税関検査の近くにいてもらうように伝え、重い荷物も何とか重量制限オーバーを回避できました。

相方と合流して税関の通り方を聞きます。税関でカードをピッとやっているのは米国人だけのようです。最後の水を飲んで空容器を棄てます。飲まずに捨てられるのは非常に勿体ないからです。
ポートランド空港入口
ポートランド空港入口

(18)帰国前に不快極まりない税関検査

紫のリュックに赤道儀を分割した部分を入れているので、税関検査ではいつも待たされて不快な思いをします。今回も手を合わせられてゴメンと謝られました。

トランクの重量対策にやっていることですか、不快極まりないです。ロクにテロ対策もせず普通の人を困らせるだけのような無意味な検査は即刻やめてほしい。普通のヒトは、テロなんてやろうとはこれっぽっちも思っていないです。
空港入口のチェックインカウンター
空港入口のチェックインカウンター
相方は明日帰国するので、税関でお見送りです。帰り際『ニューヨークタイムスに皆既日食記事が載っているはんで3部買ったよ。後で精算するべ。』との声が届き手を振って答えました。

レンタカーを返す段階で出発時間に近いので日食翌日の新聞を買う暇すらなかったのです。空港内で新聞を探したのですが、ニューヨークタイムスしかなく2部ほど買いました。当然、コンビニや郵便局に行く時間もないです。

皆既日食翌日のフライトは早朝に集中していたので、殆どの新聞が売り切れていました。こちらの出発便は12:24発なので在庫が少なかったです。

ゾーン2の先頭で待ち、機内に入ります。やはり日食ツアー客が多い便でした。飛行機は9時間半をかけて再び成田空港へ向かいます。
皆既日食翌日のニューヨークタイムス
皆既日食翌日のニューヨークタイムス

今回の国際便の行きと帰りはいずれも日本人でした。行きは若い男性で不愛想なので印象が薄かったです。帰りはどこかの家族のお子さんで、童顔でめんこい女の子です。

よく高速バスの昼行便で実家の青森県弘前市に帰省するのですが、必ず男女別に分けられます。飛行機は長時間のフライトでもあまり男女別に分けることはないようです。

ただ車窓から風景を撮影するのが好きなのでバスではトイレが近いので通路側が多いのですが、飛行機は窓側を必ず選びます。通路側の方が運良くトイレに行くと、それに追随して反対側のトイレに行くのですが、中々行かないときは我慢が出来ないときに合図して行かせてもらいます。
皆既日食翌日のニューヨークタイムス
皆既日食翌日のニューヨークタイムス・中表紙
デルタ航空の朝食は印象的です。パイ生地にポテトサラダをベースにした野菜が美味かったですね。あまり甘すぎるのを取りたくなかったので、旅行中には飲むことのなかった牛乳を積極的に摂ります。夕食も牛乳を頼んだのを覚えていたスチュワーデスが気を利かせてくれたのか、はたまた余ったのか牛乳を2パックくれました。珍しいことなので朝食のパッケージと共に撮影しました。

行きも帰りも国際線の機内では500mlのミネラルウォーターが渡されました。貴重なのでバックにしまいます。 帰りは成田空港直行便なので、そのまま家に持って帰ります。
デルタ航空の朝食
デルタ航空の朝食


Portland Tribune
Portland Tribune・・・皆既日食記事は表紙のみ掲載(画像クリックで拡大)

(19)帰国後のプレゼント

アメリカの郵政公社は、2017年8月21日の皆既日食を記念した切手を2017年6月20日に発行しました。皆既日食記念切手は、切手の裏から指の熱で満月のイメージに変わります。切手の熱が冷めると元に戻ります。

切手の画像は、2006年3月29日に天文物理学者のFred Espenak氏がリビアのジャルーで皆既日食のコロナを撮影した写真です。

VAのアレクサンドリアのアートディレクターAntonioAlcalaが皆既日食を記念した切手をデザインしました。

皆既日食記念切手シートの裏には米国を通過する皆既帯地図が描かれています。
皆既日食記念切手シートの裏には皆既帯の地図があります
皆既日食記念切手シートの裏には皆既帯の地図があります
この切手が欲しくて半年も前から入手出来ないものか思案していました。結局ジェシー宅で疲れもあってダラダラと過ごしていたのが悪く、スーパーマーケット以外はどこにも行けなかったです。

アフリカ辺りでは空港で皆既日食記念切手が買えたものですが、アメリカは空港のどこにも売っていなかったです。

結局姉夫婦とジェシーさんに、もし売っていたらお願いしますと頼むことになりました。
皆既日食記念切手
皆既日食記念切手
日本に帰国してから一週間ほどしてFacebook経由でジェシーさんが皆既日食記念切手を入手したので住所を教えて欲しいとMessengerを通じて連絡がありました。

MessengerはFacebookのメールのようなものなので、こちらの住所を英語表記で送信しました。

その更に一週間後にジェシーさんから皆既日食記念切手の現物が届いたのです。送料は5$ほど掛かったそうです。お金のやりとりをするとややこしくなるので、プレゼントとして頂くことにしました。

ポートランド空港付近のホテルに一泊、セイラムのジェシー宅に2泊しただけでは行動範囲も狭くなってしまいます。負担を掛けたくなかったので自力で入手しようとしたのですが、物理的に無理でした。

ポートランド空港に着いたのが土曜日、ジェシー宅に泊まったのが日曜と月曜日です。郵便局自体も営業していなかったです。なおさらセイラムで食事した後、切手のことを思い出せなかったのか悔やまれます。

次のページは考察編なので、紀行文自体はこのページで終了です。今回も長い長い紀行文を読んで戴いて誠にありがとうございました♪次回は再来年の7月2日に南米中部を横断する皆既日食が見られます。できればチリのラ・セレナに行きたいです。
ジェシーさんが用意された皆既日食記念切手
ジェシーさんが用意された皆既日食記念切手

皆既日食記念切手の現物
皆既日食記念切手の現物

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