往復940km車で走って眺めた金星の太陽面通過 1

-2012年6月6日 金星の太陽面通過-
小山田博之
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○はじめに

カメラの液晶で見る太陽面に映った黒い丸が徐々に消えつつあった。自宅から遠く離れた琵琶湖畔で、人生最後の太陽面に映った金星を見送りつつあった。そして、消えた瞬間、私は拍手をして見送った。

6時間以上に及ぶ夜間の移動と6時間以上の観望・撮影で疲れていたが、心地よい疲労感があった。
雲ごしの太陽面通過
雲ごしの太陽面通過
○人生最後

今回の金星の太陽面通過の見られる範囲を図1(NASAより引用)に示す。前回(2004年)(図2)のとき、日本は経過の途中で日没になったが、今回は全経過が見られる最高の地点の一つであった。 現象の時刻は、日本時間の7時過ぎに始まって、10時30分ごろに食の最大、14時少し前に終わる(図3、国立天文台より引用)。
図1 金星の太陽面通過の見られる範囲
図1 金星の太陽面通過の見られる範囲
今回の太陽面通過は上記のとおり8年ぶりであったが、次回は105年後の2117年12月11日。 4○歳の私自身、105年後はどうやっても千の風になっているので、絶対に見逃せないと5月の金環日食と併せて、機材の選定やテスト撮影などの準備を進めていった。

○振り回された観測場所
図2 2004年6月6日の太陽面通過
図2 2004年6月6日の太陽面通過
5月の金環日食は直前まで天気予報に右往左往したので、今度はそのようなことが無く自宅マンション前の公園での観望・撮影を期待したが、見事に打ち砕かれた。 金環日食の騒動も落ち着いた5月26日(土)、10日後の天気予報が発表されるということでチェックを始めた。 地元の予報はあまり芳しくなかったが、10日も先では精度も良くないので、しばらく様子を見ることにした。

5月29日(火)になると北日本や北陸地方の天気が良好とされた。移動してもなるべく車で行ける範囲ということで、新潟付近を想定し始めた。

5月30日(水)、金星の太陽面通過まで一週間。気象庁の週間予報でも6日の予報が発表された。これによると、晴れが先行しているのは札幌のみ。早くも北海道への遠征を考えざるを得なかった。
金星の太陽面通過(国立天文台)
金星の太陽面通過(国立天文台より引用)
5月31日(木)、週間予報では、観測日当日の6日は北海道札幌、旭川地方で早くも信頼度Aで、「晴れ時々曇り」の予報となった。

ここで札幌の場合は、地理に不案内なものの千歳空港周辺か、大通り公園がある札幌を考えていた。旭川の場合は、月惑星研究会のメンバーに聞くことにした。

時間が経過すれば、東北地方にも晴れのエリアが南下するかもと思い、飛行機のチケットの購入はもう少し様子を見てからにしようと思った。 ちなみに、関東以西はもう悲観的な予報だった(右図)。
5月31日発表の予報
5月31日発表の予報
6月1日(金)、週間予報で秋田も信頼度がAで「晴れ時々曇り」の予報になった。それより南の山形では同じ予報で信頼度B、晴天域がどんどん南下して欲しいと思った。

6月2日(土)、所用で上京。夕方予報をチェックすると「晴れが優勢」の天候はまたも北海道道央部以北(上川留萌地方、石狩地方、及び宗谷地方)になった。

8年前同様、稚内への遠征を覚悟したが、また予報が変わる可能性もあるので、もう少し様子を見ることにした。
6月5日発表の予報
6月5日発表の予報
6月3日(日)、フィリピンの東海上で発生した台風3号がこの時期としては珍しく北上、梅雨前線を活発化させるために予報が難しくなってきた。

しかし北海道を中心とした北日本方面は晴れの予報が先行していた。相方のアドバイスを受けて北海道へのパックツアーをネットでチェックしていった。

するとパックツアーの申し込みは、直前すぎて既に締め切られていた。 そこで宿はまだしも往復の飛行機を明日の日中確保しようと思った。
5日発表GPV
5日発表GPV
6月4日(月)、金環日食から2週間後の本日は部分月食の日である。 肝心な6日の予報は、気象庁発表の週間予報によると、西の状況が好転し、瀬戸内海界隈の諸都市が軒並み晴れ優勢の天気に変わりつつあった。

それに対して、週間予報及びGPVでも、東北、北海道が悪天の予報に変わってしまった。

あと完璧でないものの、富山・金沢も良さそうなので、この方面に移動しようと思い、道の駅やネットカフェを調べていった。
6日早朝発表GPV
6日早朝発表GPV
6月5日(火)、太陽面通過までついに1日後になった。

11時に発表された予報では昨日と大きく変わらなかったが、17時発表の予報では金沢が曇り先行の予報に変わってしまった。 この傾向はGPVでも同じであった。

どうやら北日本を寒気が通過して、天気が不安定になるということだった。 悩んだ挙句、再度方針を変えて、他の地域と比較して晴れの予報が先行していて、車で移動できる限界の琵琶湖畔の長浜にある道の駅「湖北みずどりステーション」に移動することにした。

6日直前発表GPV
6日直前発表GPV
夕方から機材の積み込みを行った。飛行機で移動する場合でも、sky90で太陽面通過の全経過を撮影することは当初から決めていた。これをまず積み込んだ。

あと第2接触及び第3接触を撮影するために拡大できる光学系が必要であった。悩んだ挙句、20cmバイザックを10cmに絞って、ND4.0を装着することにした。

無論、そのままでは取り付けることができないので、ダンボールを切り取ってフィルターホルダーを作成した。 その後、夕食を食べながらYahooでルートを検索した。自宅から10分ほどにICがあり、長浜にもICがある。ほとんど高速道路の移動なので、休み休み移動することにして、21時頃自宅を出発した。
湖北みずどりステーション位置図
湖北みずどりステーション位置図
○トラックだらけの高速道路

Yahooでルート検索では、自宅から長浜まで移動するのに7つの自動車道路を使用するというものだった。事前に想定していたが、トラックだらけというのは閉口した。

中には横暴なトラックがいて強引に割り込んだり、追い越し車線を走っているにもかかわらずウィンカーを出して、追い越しをはじめようとする族がいた。 そのような横暴なトラックは集団で動くことを聞いていたので、トラックの集団には近づかないことにした。
トラックだらけの駐車場
トラックだらけの駐車場
はじめは高崎から2時間ほど走ったSAで休んだが、それ以降は体力を考えて1時間走っては休むことにした。 時間が時間だけにSAはトラックだらけで、中には小型車のエリアに停まっているトラックも少なくはなかった。 なお、日付が変わった1時頃休憩した恵那SAでは同業者と思しき団体(と言っても3名)がGPVなどから場所に関する相談をしていたが、琵琶湖畔や京都、彦根南部など決めかねている様子だった。

さらに西に進むと空が明るくなっていた。時間はまだ1時過ぎなので薄明のはずが無い。程なく、名古屋市街地の明かりということに気がついた。あたり前だが、
長浜IC
長浜IC
その明るさは半端でなかった。3時20分、ようやく長浜ICに到着。6時間に及ぶ高速道路での移動が終わった。 長浜市内に到着した後は、インターネットカフェに立ち寄って、天気予報のサイトやひまわりの画像をチェックした。 琵琶湖周辺には台風3号の雲が広がっているが、コマ送りすると順調に外側の雲が東へ東へ移動するように見えた。 その後はコンビ二で朝食を調達、道に迷いかけたが、道路沿いには「小谷城跡」など歴史ファンにとっては、馴染み深い史跡の案内があった。 すっかり明るくなった4時50分ごろに琵琶湖畔にある「湖北みずどりステーション」に無事到着した。 心配した天気は、雲が多かったものの、北側の方は晴れていた。 湖北みずどりステーション
湖北みずどりステーション

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