弘前市内で撮影した藩政時代の町名が残る標柱を紹介します。


桝形(ますがた)
弘前城下の道路は、敵の侵入を困難にする目的で多くの工夫がなされています。直進を防ぐために二重に角をつけた「枡形」もそのひとつで、町の出入口などに多く設けられました。ここに残る枡形は南東入口の守りとして作られたもので、古くは富田町枡形と呼ばれていました。・・・標柱より転載

桝形周辺の標柱地図

桝形標柱(弘前市立第三中学校近くに設置)

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