ヨゼフ
今年はあまり目立った天文現象のない年であるが(除く彗星)、その中では6月8日の金星の太陽面通過は国内で130年振り、世界的にも122年振りという一般に星に興味がない人はもちろん、天文ファンでさえその時代に生まれなければ見る機会さえ与えられない、まことに 稀有な現象であった。さて6月7日、私は迷っていた。遠征すべきかどうか、についてである。
http://www.weather-service.co.jp/Public/cts0004/weather/city_frame.htmlによると、翌8日北海道北部がかなり天候に恵まれそうなのがわかった。JAL、ANA両方の時刻表を見ると、千歳まで行き空港からあまり離れない場所で観測すれば、十分日帰り出来そうだ。これにしようか?でも千歳付近は天気の回復が北部に比べやや遅いので、万一の場合無駄足になる恐れがある。では旭川はどうだ!JALならば行きはそこそこ余裕があり、帰りも多少バタバタしそうだが何とかなりそうだ。心は旭川へ・・・。夜再び天気予報を見る。まだ飛行機の予約はしていない。ぎりぎりまで判断を先送りしたかったからだ。
「東京では晴れ間も出そうです。」最近ちょっと気になる気象予報士・半井小絵さんのこの言葉に心は揺れ動く。東京が晴れるのだったら横浜にも可能性はある!ここ(横浜)で出来るんだったらその方がいい。こうなると元来淡白な性格が悪い方向に作用する。決めた!明日はここでやる!妻にも宣言!時間は夜の9時も過ぎ、なんとなく落ち着く所に落ち着いた感もなくはなかったが、元々天気に関しては運不運は付き物である。考えてもしょうがない事だ。
と、そこへ電話のベルが鳴った。我が家で夜9時以降に電話が掛かってくるのは、大体悪魔の誘いである。案の定日食仲間のI氏である。
「あれ?ヨゼフさん、日本にいたんですか?てっきりドバイに行ってるもんだと思いました。」 わざとらしいっちゅうーの!そんな金、どこにあるんだよ。大体そう思ってるなら、何で電話掛けてくるんだ?
「明日はどうされるんですか?」え?ここでやるよ。天気も思ったほど悪くなさそうだし。「いやそれはどうかなあ?」(中略)
しばらく話し合いが続く。段々と説得されていくのが分かる。そうだ、これは一生の内2回しかチャンスがないのだ。8年後などどうなっているか分かったものではない。でも妻にはもう行かない!と言ってしまったし。すると彼がこうアドバイスをしてくれた。
「こう言えばいいんじゃないですか?最後のわがままだから行かせてくれ、って」
何だそれ?まるで子供のいい訳みたいじゃないか。これでOKが出れば苦労しない。
でも言うだけは言ってみよう。恐る恐る?「今年最後のわがままだから行かせてくれない?」(弱気)とりあえず言うだけ言った。すると何故かあっさりOK!何故?ま、いいか。それより今月最後といえばよかった・・・。
さて了解はもらえたが、それからが大忙し。パッキングと格闘し、荷物がまとまったのは薄明もそろそろ始まる午前3時だった。
翌朝目を覚まし外が明るいのに気づく。なんと晴れている!東京・横浜の皆さんには悪いのだが、率直に言って喜べない。確実なことは、これから稚内へ向かう私をかなり複雑な気分にさせる程いい天気であった、のは間違いない。
羽田の全日空カウンターで待ち合わせ後、稚内行きの飛行機に乗る。機内では懐かしい方々と再会する。まるでこれから向かう所で日食が起こるかのようだ。1984年パプア・ニューギニヤ以来のお付き合いの方。一昨年テニアンで金環日食を見たときお世話になった方。 当然機内では星(というか日食)の話で会話が弾む。同じ趣味を持つ者同士、何を話しても楽しい!やっててよかった、公文式!ならぬ日食の追っかけ、である。
機体は定刻よりやや早く稚内空港に到着した。こちらは予想通りの好天である。これなら 期待できそうだ。機内で出会った旧友の1人は仕事の関係で日帰りしなければならないので、空港周辺で観望するとのこと。お互いうまくいくと良いね、と話して別れた。さて我々もこれからレンタカーを手配し観測地を探さねばならない。一応観測地の候補としてノシャップ岬にある稚内市青少年科学館近辺とは決めていたものの、何か視界を遮るものはないか、ある程度フラットな場所はあるか、等ともかく行ってみないとわからない事がまだたくさんあったので気が逸る。とりあえず1番安い車を借りて出発!稚内駅近くで食事をし、目的地に到着。この時点で第1接触の約1時間前である。こんなスローペースはいつ以来だろう?急がねば。
今回の金星太陽面通過は日本からは全経過を見ることが出来ない。日食で言えば日没帯食なのだ。最後まで太陽を追っかけなければならないので、水平線を臨めるところが望ましい。現地到着後、海に突き出た格好の公園が目に入ったのでここでやろうか、と考えたがフェンスが視界を遮っていたため他を探すことにした。あまり時間がないので移動は出来ないなあ、と思いながら周囲を見渡した所、お仲間が科学館に併設された水族館の駐車場を発見!ここは西側に面しているので、ここからなら水平線が見渡せるし、車が横付けできるので機材の出し入れが楽に出来る。というわけでここに決定!空港で分かれた他のグループの方達も同様に考えられたのだろう、我々の横でセッティングを開始した。
今回機材は急だったのでビデオ2台のみ。そのためセッティングは簡単に済むだろうと考えていたが、光軸合わせに意外と時間を取られ、結局第二接触に間に合わなかった。ブラックドロップ現象を記録しそこなったこの時点で、今回の目的を90%以上失ってしまったのは間違いない。 惜しい→
それにしても暇である。第二接触以降暇になるなんて日食では考えられないことだ。
天候は以前安定しており、多少の風はあるが、雲の影響はほとんどない。左側に見える利尻富士も見事だ。
観望中地元の人から伺った話では、この時期稚内は霧(ガス)が発生して風も強く、晴れることが珍しいらしい。その意味でも横浜にいてどのような結果になったかは戻るまで不明だが、ここまで来たことは間違いではなかった、そう確信できる素晴らしい天候だった。
さて金星はゆっくりと、だが確実に食の最大に向かっている。10分おきにビデオ撮影する。インターバル機能を使えばいいのだが、暇だから手動である。 (本当は極軸が合っていないから中々その場を離れられないのだ) 合間を見て青少年科学館のドームに設置されている五藤光学の20cm屈折望遠鏡を見学。投影板上の太陽と金星を見る。適当に時間を潰しながらも、そろそろ食の最大である17時14分が近づく。みな黙って金星と太陽を眺めている。この後誰も何も言わないまま食の最大は過ぎて行った。130年ぶりにしては感動がなかったなあ。
ここまで雲の影響もなく、無事観望できたのは幸いなことではあるのだが、ビデオとしては多少のアクセントが欲しい気がする。普段は考えないが、雲が掛かった方が変化がでて面白い、写真を撮っている方達には申し訳ないが、こんな不謹慎な考えが頭をよぎる。(この後ほんとに雲が掛かってくれました、皆さんごめんなさい)
さて、長い長い金星の太陽面通過もいよいよ大団円を迎えようとしていた。すでに太陽は押しつぶされ歪んだ形となって久しい。そろそろ大気の減光により肉眼で金星を確認出来てもいいのに、と思うが実際太陽は眩しく、それをすることを許さない。
何度目かの雲が太陽にかかる。もう終わった、と思った。あとは太陽が雲に飲み込まれ、そのまま沈むのを見るだけだ。時間が進む。ビデオのモニターから太陽が消えたのを確認して、いつも通り撤収に入る。その瞬間だった!
「グリーンフラッシュだ!スゲー!」えっ?!うそ!?
金星の太陽面通過の日にグリーンフラッシュも見てしまうなんて、奇跡というしかない。日食を見に行ったら新彗星を発見!くらいの出来事ではないだろうか?
ま、私は見損なったわけだがら言うだけ空しいが...。
この千載一遇のチャンスを逸してしまったのはある意味残念だが、収穫もあった。
それは130年振りの天文ショーに立ち会えたことと、このためだけにわざわざ北の大地に集まった天文ファン(というより日食オタク)の皆さんと、ある人とは再会し、またある人とは新しい出会いがあったことだ。
はたして次の再会は成田だろうか?それとも見知らぬ外国の地であろうか?
最後に、今月最後のわがままを聞いてくれたわが妻に感謝しておこう。ちなみに来月は新しい望遠鏡を買う予定だから、補正予算たくさん下さいませ。m(_ _)m
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