パナマ裸眼金環日食・観測編
Keietsu Sayama
(7)観測前の徘徊
ついに観測当日となりました。金環日食は午後からの現象なので、ゆっくりと機材の検分をしていたのですが、片方の一眼レフの電源を知らずに点けっ放しにしたせいで動かなくなりました。電池が消耗してしまったのです!あの暑い最中、同室のマサ様も別の用事で同行してくれることになり、早速Davidの街中を歩きました。
生憎手持ちの$(パナマではアメリカドルがそのまま使えます)が無くて非常時のために取っておいたクレジットカードで清算を済ませました。ヤレヤレ…(>_<)
その後、マサ様がCDを買う用事があったのでCD屋を探しに街中を歩きました。ほどなくCD屋は見つかったのですが、開店時間前だと言うので近くの店に入って避暑しました。途中、パナマ金環日食のポスターが二枚貼ってある店があったので客のふりをしてポスターもらえないか交渉しました。すると店頭に貼っていないポスターまでくれるとのことで、二人は喜々としながらホテルへ戻りました♪ホテルに戻る前から大の方が近かった私は、日通旅行のツアー客から「それ、なに持っているんだ?」と聞かれたのを振り切って脱兎の如く部屋に駆け込み用を済ませました^^ゞ

パナマ金環日食ポスター
(8)くっついた!!!
それからウソのように空が晴れて、晴天下で金環日食が見られるものだとウキウキしながらバスは出発しました♪程なく観測地に到着!早速機材のセッティングに取り掛かります。日食観測を12回もやっていると手際が良いもので、下にはゴザを敷き、観測中疲れないようにパイプ椅子を用意します。パイプなので尻が痛くなると思い、座布団も持ってきました。あとは機材設置のオンパレードです。観測地でファッションショーをやりに来たワケではないのですが、1999.8.11ブルガリア皆既日食

Pedregal観測地のセッティング
でゲットした皆既日食Tシャツと首にタオルを巻いて金鳥を皮膚にかけて準備万端で臨みます。
右の写真は、観測地をGoogle mapで500m上空から見たものです。赤い点が観測地、左の青い点が撮影中にディスコ音楽が大きく鳴っていた会場です。
空は青く晴れてとても暑いです。その頃、カキ氷屋さんがやってきて人だかりができました。その製法は、ピエロの帽子みたいな紙を器具にセットして、それを逆さにしてカンナで削るように氷を中に入れると言うおよそ日本人が発想もつかないものでした。このカキ氷は25セントだそうです。日本でこれをやれば良い商売になるかなぁ…な〜んて思いました^^ゞ

Pedregal観測地上空(クリックで周辺地図)
…しかし楽しみは長く続かないものです。フィルターを掛けなければ撮れなかった写真が、フィルターを掛けてもボヤッとして形が分からないのです。これは一大事!フィルターを取っておそるおそる太陽を見たら、薄雲が天然のフィルターとなって肉眼でハッキリと見られました。目に異常が起こらないほど、雲が厚くなったのです!案の定、雲は厚くなり太陽の姿さえ見られなくなりました。その時、職場の同僚が言った「佐山さん、日食見に行かないで俺たちと一緒に仕事しましょうよ。」と言う言葉がフラッシュバックしてしまいました。
フィルター無しで撮った部分日食
やはり大枚出して日食見に行くのにも限界があるのかなぁ…とつまらぬことを考えてひたすら雲が薄くなるのを願っていました。…するとその切ない想いが通じたのでしょうか?食分70%過ぎたあたりから段々と雲が薄くなり始めたのです。この千載一遇のチャンスを逃してなるものか!と思い、撮影を復活させました。事前に作っておいたスケジュール表は、もはや何の役にも立ちません。太陽が顔を覗かせた時に撮るだけです。無我の境地とはこんなことを言うのでしょうか?やがて薄雲越しの太陽の角が欠けていない反対側の縁に廻りました。
雲間の擬本影(最大接触)
「keiさん、これ成功と言っていいんじゃないですか?もうすぐくっつきますよ。」「も〜すぐ」「お〜っとくっつく!」…「くっついた!!!」………「す〜げぇ」

その時、我を忘れて叫ぶマサ様の声で環の瞬間が終了。この言葉に全ての想いがこもっているようでした。

私はと言うと、ビデオカメラ2台と一眼レフ2台の同時撮影に集中していて声すら出せる余裕も無かったのです(>_<) 何はともあれ、薄雲越しでも極細金環日食が肉眼で確認できて良かったと思います\(^o^)/

もちろん晴れていたら露出オーバーで撮影するとプロミネンスが映っていたのですが、贅沢は言いません。

Pedregal Annular
雲間の擬本影の写真を見てもらえれば分かりますが、西の雲の底辺が相当厚くなってきました。その方向は我々二人が行くはずだったツアーの観測地がある場所です。平日5日間だけ休めるツアーと言うことで探した結果、パナマ西方で観測するツアーに不参加となり、こちらのツアーにしました。何が幸いするか分からないし、もし西方の観測地で曇られたらさぞかし残念無念な気持ちで一杯だったろうと思います。知り合いが数名西方の観測地に出かけていたので、なおさらです(T_T)
この後、太陽は二度と姿を見せなかった
(9)ダビ空港で再会
翌朝、昨日とはうってかわって晴れた空の下、パナマシティへ向かいます。すると見慣れた日本人のツアー客がいました。なんと!我々が行こうとしていたツアーです。3年前のオーストラリア皆既日食以来の再会を喜びました。そちらの状況を聞いたところ、観測地は雨が降って太陽の形さえ見られなかったとのこと…アチャー!可哀想なので、Pedregalで撮ってきたばかりのマスターテープを皆さんに上映しました。ビデオカメラの周りは凄い

Pedregal観測地隣のバスケットコート
人だかりです。やがてそのツアー客が先に搭乗口に行くとのことで、名残惜しそうに別れました。ところが別便で同じ時間に両ツアーがパナマローカル空港に着いていたのです。空港前でのサプライズが終わった後、我々のツアーは荷物を置いてあったホテルに舞い戻ります。小一時間でスーツケースに荷物を戻すなんて無理な話ですが、飛行機の時間を考えると致し方ないので汗だくになりながら荷物を詰め込みました。ホテルに昨日の日食記事が載った新聞をゲットしたのでそれも入れます。
David空港カウンター
(10)ニューヨークへ行きたいか〜
バスと荷物と我々は慌ただしくパナマ国際空港に向かいます。何とか荷物検査を終えて搭乗口に向かいます。荷物を座っているツアー客に見てもらうよう頼んでから手ぶらで新聞を買占めに行きました。(もちろん数部だけですが)最後に取ってあった$を使い果たし、土産物屋を覗いたらパナマの国旗が売られていました。あれほどDavidの街を探しても見つからなかったのに…弐千円札と$を交換して無事国旗をゲットしました。帰国便はマイアミからダラス経由で成田空港まで向かう

PANAMAの地ビール
のですが、ダラス経由便の帰国者が多すぎるので急遽ニューヨーク経由に振り分けられました。急なことで添乗員さんも驚いている様子でしたが、冷静に対処してくれました。さすがベテラン添乗員!途中カントリーロード等を歌って運転手が聞き惚れてしまい、バスなのにオーバーランしたこともありましたね^^ゞ
帰りは太陽を追いかけるようにして日本へ戻るので、晴れた所だけ機上から撮影しました。私の太陽と月を追いかける旅もまだまだ続く…

機内食は美味かった

マイアミ上空・左

マイアミ上空・右

マイアミの岬@

マイアミの岬A

五大湖・オンタリア湖

五大湖・オンタリア湖

五大湖・スペリオル湖

五大湖・スペリオル湖

アラスカ・マッキンレー山脈

アラスカ・氷結した三日月湖

アラスカ・凍結した川@

アラスカ・凍結した川A
機上から撮った風景
☆私の日食観測履歴 (皆既日食は全て観測成功!)
◎1988.  3.18   小笠原沖 皆既日食 (東アジア・父島南東沖)  晴れ
○1991.  7.11   メキシコ 皆既日食 (北米・カリフォルニア半島)快晴
×1992.  1. 4   アメリカ 金環日食 (北米・ロサンゼルス沖)   曇
○1994.11. 3   チ リ  皆既日食 (南米・チリ北部)     薄曇
○1995.10.24   タ イ  皆既日食 (東南アジア・タイ東部)  快晴
○1997.  3. 9   シベリア 皆既日食 (北アジア・シルカ郊外)  快晴
○1998.  2.26   ベネズエラ皆既日食 (南米・ベネズエラ西部)  快晴
○1999.  8.11   ブルガリア皆既日食 (ヨーロッパ・黒海近郊)  快晴
○2001.  6.21   ザンビア 皆既日食 (アフリカ・首都ルサカ)  快晴
◎2002.12. 4   オーストラリア皆既 (オセアニア・豪州南部)  快晴
△2005. 4. 8  パナマ金環皆既日食 (中米・パナマ西部の街)  薄曇
○…第一接触〜第四接触まで観測 ◎…第一接触〜第三接触まで観測 ×…観測不可能
△…食分70%前後は薄雲越しに観測可能
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