その日は、年度末の3月が終わったにもかかわらず3月状態の忙しさであった。まさに3月が40日や50日もあるような状態であった。社外で夕食を取った後、仕事に戻ろうと会社に向かう帰り道、細い月が見えた。黄道が地平線から立っている時期のために、まさしく釜のように見えた。この月は、数日前に地球に影を落としてからはじめて見る月であった。 数日前に地球に影を落としたと言うことは、日食があったことに他ならない。今回の日食は、ニュージーランドの沖合いで始まり、南太平洋、中米のパナマを横切り、南米大陸で終わるものであった。今回は、太陽の視直径と月食の視直径がほぼ同じ時に起こる金環皆既日食という特殊な日食で南太平洋上では皆既日食、中米などの陸地では金環日食が見られた。 去年、中心食はなく、月の半影部分が地球の両極にかかる部分日食が2回あったのみで、10月の部分日食は日本のほとんどの地域で観測できた。その前の年は中心食があったものの、いずれも北極や南極方面が中心であった。赤道方面で見られる日食は2002年以来であった。私自身、遠征してみようかとも思ったが、年度末明けの時期だったので、早々にあきらめた。しかし、近頃はインターネットによるライブ中継がある、今回はこれを見て多少なりとも遠征した気分を味わおうと思った。ただライブ中継を楽しむばかりでは面白くないので、国内残留の特権?を活かして静止気象衛星画像のチェックも同時に行なうことにした。今回の日食帯の地域から、もっともふさわしい衛星は米国のGOES East(GOES12:北米東部、南米監視)とGOES West(GOES10:北米西部、東太平洋)であった。 4月9日朝5時からライブ中継が始まるということだったので、4時50分ごろ起きた。前日の夜は会社の送別会があり、21時ごろまで飲んでいたので、正直非常に眠たかった。それでもPCの電源を入れて、ライブ中継のページにアクセスした。無論、中継はまだ始まっていなかった。同時に別にInternet Explorerを開いて、米国の気象衛星画像のサイトにアクセスした。陸上の観測地であるパナマ周辺は昨日より多少雲が少なくなっているような気がした。 *GOES East(可視画像):http://www.goes.noaa.gov/FULLDISK/GEVS.JPG GOES East(赤外画像):http://www.goes.noaa.gov/FULLDISK/GEIR.JPG *GOES West(可視画像):http://www.goes.noaa.gov/FULLDISK/GWVS.JPG GOES West(赤外画像):http://www.goes.noaa.gov/FULLDISK/GWIR.JPG ライブ中継がいよいよ始まった。中継点は南太平洋上(皆既日食)とパナマ(金環日食)からであった(図3)。開始直後は、パナマの映像が流れていたが、天気は不安定な感じで太陽の画像と観測地の状況が流れていた。たまに出る太陽の画像も雲が急いで通り過ぎていく感じで、本当に見られるのか不安になった。一方の南太平洋の状況は時々、しかも静止画しか流れなかった。部分日食の画像は大きな変化が無い、正直寝不足だった私にとっては苦痛であった。ひとまず南太平洋が皆既を向かえる6時12分(JST)ごろまで横になって待つことにした。 6時10分ごろ、再度PCに向かった。しかし、パナマ方面の部分日食の画像等が流れるだけで皆既日食が目前に迫った南太平洋の様子は一向に流れなかった。6時12分を過ぎても同じであった。時間を過ぎても流れないということは、観測失敗だったのでは!?と考えた。そのようなことを考え始めた6時20分過ぎに、静止画であったが、コロナと金星のツーショットの画像が表示された。その上には「観測成功」の文字があった。しばらくしてから、2個のサンカラットのダイヤを抱えたダイヤモンドリングなどの画像が流れたが、いずれも静止画だったのは残念であった。まあ、船の上からの中継ではこれが限界かと思った。パナマの金環日食は7時10分過ぎということで、再度横になって待つことにした。 7時過ぎになると太陽はたいぶ細くなっていた。しかし、雲も多い。観測地の画像も時折流れた。金環日食数分前になると太陽は急速に細くなっていくような気がした。これは食分が90%を越えるといつも感じることであった。雲がかかっているものの、太陽の輝いている部分がスルスルと黒い月を囲むように延びていった。ついに、極めて細いリングが完成した。しかしわずか数秒後、リングは途切れてしまい金環日食はあっけなく終了した。そのとき、リングは半周にわたって複雑に途切れるようになったのが印象的であった。前評判どおりに継続時間は非常に短かった。自分の持っているカメラでは、撮影できたのかと思いたくなるほどの短さであった。メインが終わるとさすがに気が抜けた。この時点でも太陽は細くかけているが、まさに消化試合という感じで数分前の緊迫感はなかった。 ライブ中継の最中、時々は気象衛星のサイトをチェックした。静止気象衛星は1時間ごとに撮像しているので、画像も更新も1時間ごとに行なわれていると考えたからである。しかし、ライブ中継が開始される直前の画像は更新されないままであった。ようやく更新されたのは日本時間で7時30分ごろであった。すると先ほどの画像には見られない黒い丸い影が地球上に映っていた。位置も、金環皆既日食帯に一致する。月の影と思ったが、雲による濃淡かもしれなかった。念のため赤外線の画像もチェックした。赤外線にはそのような黒い丸は全く映っていないことから、月の影であることが判明した。そこで、急遽赤外線の画像も記録することにした。 気象衛星画像が3時間ごとにしか更新されないと知ったのは、この次に撮像された雲画像の撮影時刻を知ってからであった。無論、その時には月の影はGOESの観測範囲内にはどこにも映っていなかった。 ライブ中継そのものは8時に終わったが、当日は土曜日であったが出社する必要があったため7時40分ごろまでしか見なかった。そのころの時間帯になると観測地の画像や皆既・金環部分のハイライト部分が編集されて流れていた。こうしてライブ中継による日食観測は終了した。 会社についたのは10時前であった。空は晴天、小田急線から見える桜は満開であった。太陽が何事もなかったかのようにぎらぎら輝いていた。会社のPCを立ち上げて気象衛星画像のサイトを開いた。画像は更新されていたが、月の影は全く見当たらなく、地球から離れてしまったことを実感した(図7)。 その日の夕方、新聞を購入したが、写真はベネズエラで撮影されたパナマより太い、そして赤みを帯びたリングの画像が掲載された。どの新聞も同じ画像で残念ながらコロナの画像が掲載された新聞は無かった。 こうして今回の遠征なしの金環皆既日食は終わった。考えたら、2002年6月のテニアン島日食以来、日食の海外遠征はお預けの状態である。ライブによる日食観望は、2002年12月のオーストラリアの皆既日食、2003年5月のアイスランド金環日食と3回続けてである(2003年11月の南極皆既日食はテレビ中継による観望)。今年の10月にはスペイン方面で金環日食があるが、時期的には難しいし、テニアンで経験したように皆既日食に比べ金環日食は・・・である。私にとって遠征できるとしたら、2008年8月にシベリアから中国西部で見られる皆既日食である。まだ3年以上も先の話である。それまでにはお金をためて堂々と遠征したいものである。 以上
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